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蘇武の名は
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平家物語という古典があります。
「祇園精舎の鐘の声」で始まる平家滅亡の有名な物語ですね。
それをずーっと読み解いていくと、巻の第二の最後に「蘇武」というのが見つかるのですよ。
それはその昔の中国大陸で生きた人物のお話です。
時代は漢の武帝の頃といいますから、紀元前100年といったところでしょうか。
この帝が北方の匈奴を攻めた時、大将軍を拝命した男がいました。
蘇武といいます。(出ましたね)
でも彼の軍勢は弱く、あっという間に破れて、蘇武は捕虜になってしまうのです。
そこで彼は寝返りをすすめられたのですが断ります。すると北の地に流され、牡の羊だけを与えられました。
そしてそれらに子が生まれたら許してやろうというのです。
なんてやることがあざといのでしょう。
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そうして長い年月が経ったある日、蘇武は空を飛ぶ雁に手紙を付けて放すのです。
驚いたことにこの雁は野生にもかかわらず、大変優秀な鳥で、
うまいこと帝の元に飛んでいき、みごとポストマンとしての使命を果たすのですからすごいもんです。
余談ですが、このときの恩を忘れることなく、蘇武家では今でも雁を食うことはしないそうです。
ん?普通雁は食わないだろうって?
・・・・・・・・
さ、それからですが、武帝は大変感激して蘇武救出のための大部隊を編成し、
今度はみごと匈奴を攻め落とすことに成功、蘇武も助け出されます。
彼は忠君としてその後大変厚遇され、大臣にまで上り詰め、
清廉の士として長く語り伝えられるようになり、海を渡った国の物語にまで登場するようになったのでした。
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以上が「蘇武」の物語ダイジェスト版です。
伝えられる物語の細部は(なにしろ紀元前100年のことですから)いろいろあるようですが、
特に歴史関係者でもないので、これは巷間伝わるものだと認識くださいね。
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さて、それではこの蘇武と蘇武直人の間にどのような因果関係があるのか、ということになるのですが、
はっきり言って私、管理人は何も関係などないのではないか、と思うのです。
そもそも蘇武というのはいってみれば蘇がファミリーネームで、武がファーストネームのようなものなんですね。
それが名字になっているということは、まぁご先祖様に多少は歴史に詳しい人がいて、
「蘇武」なんて名字にしたらちょっとかっこいいかも、なんて理由で付けたのが始まりだったと思うのです。
だって紀元前の人なんですよ。確たるルーツが繋がっているわけないじゃないですか。
しかし、蘇武としてはそういう偉人になにがしかの繋がりを求めたいという気は大いにあるわけです。
そこで彼は思いつきました。
蘇武の墓に行ってみよう。
そう、紀元前の人にもかかわらず、蘇武の墓はちゃんと残っているのです。
中国は陜西省、西安から100キロほどの、彼が知事として治めた土地にひっそりと眠っていたのでした。
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